第九回 『感想』『評価』って期待の証

わかっちゃいるけど知りたくない!

こんにちは、骨董屋佐竹です。
今回はもう最後から一回前、連載九回目の記事ですので『はじめまして』はもう言う必要はないでしょう。
早速本題に入らせていただこうと思います。
さて皆様、前回お勧めした『人に見せる』は実行されておりますでしょうか?
前回(第八回)でも少し話をしましたが、実行された後必ずついて回るものがありますよね。

それは、あってありがたいもので。
そしてあると怖いもの。
『感想』『評価』でございます。

自分や周囲で留まってた『作品』というものは、公共の電波や紙面に載って表に出た瞬間に一人歩きし、それが面白ければ面白いほど多くの人々に読まれ広がって『感想』や『評価』という新たなる段階が『読者』を介在して発生します。

『感想』『評価』は人の口や行動よって広がり、作者に届いたり届かなかったり。
届いた分は作者の血肉になるという、とても大事なものです。
……ですが、まぁ届くまでが怖いよね。
それが『酷評』だったら軽く死ねる。
でも発表して感想もらえないのも死ねる。
そう思ってしまうのも、また複雑な人情というものです。
今回は、その複雑な乙女(?)心の対処法について考えてみたいと思います。

読んでくれなきゃ『感想』は生まれない

まずはじめに言っておきたい事があります。
『感想』をくれるという事自体が、実は凄いエールなんですよ。
どうしてなのかって?
答えは簡単。
わざわざ『感想』を書いてくださるような方々は、作者に対しておおむね好意的だからです。

『読む』という事自体がそれなりの労力を割いた行為であり、更に『感想』を書くというのは更に読者のお手を煩わすものです。
はじめは『興味を惹いて読んでいただくこと』自体が難しいし、『感想』を言ってくださる方々自体が希少だと思います。
つまり『感想』を書いてくださった方々は、『作品を読んで』『感想を書く』という二重の労力を割いてでも、こちらの『作品』や『作者』に対して何かを言いたかったのだという事になります。

そういう方々は、自分を面白がらせてくれた作者本人に『書くことを続けて、自分をもっと楽しませて欲しい』と思っています。
自分に置き換えていただければ分かると思いますが、本当に興味が無ければ作品自体を見ないですし、よしんば見てもわざわざ反応などしないでしょう?
なので、いきなり自分の作品が大ブレイクするとかみたいなよっぽどの事がない限り、彼らが寄越してくださるのは『面白かった』という強い励ましだと考えるべきです。

『感想』が少ない初めの頃の高評価は、特に真に受けて奮い立ってもいいのですよ。
我々制作者は『評価』に対して謙虚かつ貪欲に受け止め、卑屈にならずに正当な評価として自分の血肉にせねばなりません。
反対にそうしなければ、折角エールを送ってくれた読者様に対して失礼という事にもなりますよ。

『酷評』とは上手く付き合え

まあでも、『感想』が増えていくと必ず出てくるのが『酷評』というものでございます。
ハッキリ言って得意な方はいないでしょう。
かくいう私もぶっちゃけ『逃げたい』。

でも『酷評』というのも、それだけ『自分が認知された』という証でもあるのです。
世の中色んな人がいて、正当に物事を判断したがる方々もいらっしゃれば全てにおいて否定的な方々も勿論いらっしゃいます。
でも、様々な評価をされる方々の所まで自分の作品が届いたのだと思えば素晴らしいことじゃないですかね。
『酷評が増えればヒットの証』と判断する編集者さんまでいらっしゃるくらいなので、本来は喜ぶべき所なのですよ。

『酷評』をまともに受け止める必要はありません(心がしんどいですので)。
が、その意見の中には必ず自分が克服するべき『課題』も確実に存在します。
上手くしんどさは逃がして必要以上にショックを受けずに、彼らの意図するところを上手に読み取って、できれば次の機会に生かしていきましょう。
……大丈夫です、初めの頃は本気で辛いけど、そのうち慣れてくるから。

クリアできたときの到達感と成長

前の章でも言いましたが、それこそよほどの大ブレイクでもしていない限り実は厳しい評価をした方は次の作品も見てくれる事が多いです。
よく考えてみてください。
彼らは労力を割いてまでこちらにメッセージを送ってくれています。
つまりは、『こちらに関心がある』と考えて良い。

応援するにしろ貶すにしろ注目されている事に変わりはなく、目に留まり成長を見守られていると言っても過言ではありません。
つまりは『期待されている』!!
そう考えると打倒してみたくなりますよね。
媚びるおもねるのでは無く自分の力で彼らの期待に力強く応える事で、また次の段階にステップアップするチャンスを獲得できます。

良い評価も悪い評価も、考え方一つで充分こちらの糧になります。
打たれ弱くなってる暇などありません。
制作者よ、貪欲たれ。
すべてを栄養にする覚悟をして、ご一緒に今まで怯えていた『酷評』への萎縮を取り除きましょう!
それが貴方をより成長させるはずです。

次も読んでもらうために分析しよう!

『評価』も慣れてくると楽しくなってきますし、栄養の貰い方を学ぶとどんどん飢えて行く制作者も多いでしょう。
『評価』欲しい、餌欲しい……と顔のないナントカお化けみたいになる人も多いですね。
となると、どうすればいいでしょう?
まずは作品読んで貰わないと、始まりませんよね?
そこです。
今度はこちらが戴いた『評価』から情報の分析をする番ですよ!
いただいた『評価』から何がわかるのかというと、ズバリ自分の『得意分野』と『苦手分野』、そして『改善点』です。

……知りたいですよね?
戴いた『評価』は『得意分野』と『苦手分野』をあからさまに洗い出してくれます。
わざわざ人が教えてくれるわけで、使わない手はないです。
『評価』で指摘された『得意分野』は大体自分の好みの横にある事が多く、また自分の知らない側面を洗い出してくれたりして直に次の構想を練るのにも適しています。
また残念ながら自分には難しい『苦手分野』と、そこをなんとか補填できるかもしれない『改善点』も『評価』は綺麗に洗い出してくれます。
これは、作品を継続して出していた制作者が獲得できる特権です。

続けて読んでいただくために、読者に楽しんでいただくために、そして何よりも自分が楽しむために継続的に『評価』をいたければこれほど有り難い事はありません。
『読者』と『制作者』が共にWINWINになるためにも、是非『評価』を利用をしましょう!!
『評価』を戴く事も利用する事も恥ずべき事ではありません。

むしろ双方にとって良い結果になるであれば、積極的に取り入れたほうが良かろうと私は思います。
『評価』は期待であり、自分の成長の機会です。
上手に利用し、沢山の『評価』と『読者』を獲得してくださいね!

最終話のお話

さて次が一〇回目。
私からは最後のお話になります。
今回の話の総論といえばなんか偉そうですが、一番の基本を語らせていただければなあと思っています。

次回は『だいたい楽しんだモノ勝ち』
結局技術論とかなんとか色々言っても、その技術を使って面白い物を全身全霊で楽しんで作ってナンボなのです!
最後はそんな感じの話を語っていきたいと思いますので、よろしければ最後までどうぞよろしくお願いしますね!

骨董屋佐竹でした。