第六回 『萌え』に必然性は絶対必要

『萌え』好きですか?

みなさんこんにちは、骨董屋佐竹です。
そろそろはじめて見る人も少なくなってきたかなと思いますので、はじめましては抜いときましょう。
さて皆さん、突然ですが『萌え』というものはお好きですか?
これに関しては「いきなりなんの話だ」と思った方も多いでしょうが、でも「大好きです!!」と絶叫した方もかなりの割合いらっしゃると確信しております。
『萌え』というものは、状況から精神的、物理的なものまで色々ありますよね。
でも、そこにポンと自分の萌えポイントを置かれて「さぁ萌えろ」と言われて萌えるのって、けっこぅ難しいと思いません?
大概の人はどん引くか冷めるんじゃないんでしょうか? 置き所が難しいですよね。
今回はそんな話、萌えと必然性について話させていただこうかなあと思います。

『萌え』って大変ですよね

実は自分、萌えというものを余り好んで描くことはいたしません。
なぜなら、『萌え』というのはとても高等技術だからでございます。
まず、確実に狙えません。
『萌え』を確実にヒットさせるには『流行』『独自性』『シチュエーション』などをすべてひっくるめて確実に当てていかねばならんからです。
実際、頑張って散っていった作品の屍は多く偏在しているのも皆さんご存じでしょう。
多分『萌え』を追求する方々の頭の中には複数の悲しい遍歴が思い浮かんでいると思います。

『萌え』(あれ)を感覚で当てていける人はいれど学んで当てていける人は、これだけ多様化した今でもそうそうおりません。
私は密かに、正に『新たなる商業学問』といえるかも知れないとすら思っております。
これは、少しでも分析せねば。
システムを探るためにも、まずキャラクター『萌え』の原点から見て参りましょう。
(一応前置きしますが、あくまで個人の分析ですので一意見として御許容いただきますようよろしくお願いいたします)

『萌え』の近代史的な物

『萌え』という感覚は言葉が出来た以前から存在しており、『悶えるほど好ましく執着する』フェチシズムの中の一つであり主に庇護欲を刺激するものではないかと私は推測しております。
ぶっちゃけるとそれ以前にも八〇年代(『うる星~らんま』とか『ななこSOS』とか『不思議の海のナディア』とか『キャッツアイ』とか)ぐらいからささやかれていたのでしょうが、『萌え』という言葉が少しずつ表に出てきたのは『新世紀エヴァンゲリオン』のダブルヒロインからではなかったかと思います。

当時のダントツ人気は『綾波レイ』というクールでミステリアスな美少女キャラでした。
彼女ははじめから大けがをして登場して同年代の主人公・碇シンジにエヴァに乗ることを決心させ、欠落した感情が庇護欲をそそり、ラッキースケベで女性を意識させ、量産されていたという事実で意外性と悲しみを煽り、とどめに素体が実の母親だったというマザーコンプレックスの意識までくすぐりました。
正にパーフェクト、スタンディングオベーションしながら涙を禁じ得ません。

更に『綾波レイ』と時を同じくして出てきたもう一人のヒロイン『惣流・アスカ・ラングレー』。
彼女は彼女でなかなかの兵(つはもの)でございます。
当時は「綾波にダブルスコアで人気投票負けてる事を根に持ってる」と公式で弄られいた彼女ですが、今現在では当時よりもニーズに合っているのが彼女です。
彼女は元気で感情表現の振れ幅が大きく人間くさいのですが、綾波とは別の理由でとても人間的に危うい。
「自分がエリートである」というプライドで立ち上がらないと立つことも出来ない、子供の頃に母親に「置いて行かれた」経験が、彼女の自信を決定的に欠落させています。
これはこれで庇護欲を刺激する存在です。

更に言うなら元祖男性ヒロイン?である渚カヲルの存在。これは脅威です。
作中で昨今まで非生産的、背徳的、倒錯的なものとして否定的に扱われ密かに楽しむ物であった同性愛という題材を肯定しつつ、一種神秘的な禁断性を表に出したことで潜在的欲求を満たされた女性達の人気をかっ攫いました。
ここで大変重要なのは、三人とも世界に翻弄された『過去』と『立ち位置』が『自身の危うさ』を確立させているという事実です。
これ以降、この二人(三人)のヒロイン?像は様々に派生、更に別方面から強力なコンテンツも出現していきます。

最近再アニメ化が決定した萌えの殿堂『カードキャプターさくら』、今でも人気の衰えない『リリカルなのは』『鋼鉄天使くるみ』、成人向けゲームの金字塔『To Heart』などが組み合わさり、徐々に今の『萌え』の基礎が形作られていきました。
それまでも魔女っ娘物はそれなりに人気を博してきたのですが、『美少女戦士セーラームーン』を皮切りに男性も楽しめる戦闘表現が加わり『女の子が戦う』という『庇護欲』が刺激される『危うさ』が新たに加わり『萌え』というものが加速した感は否めません。
そうしたものが集大成の一端になったのが、世界に翻弄される危ういヒロイン達が戦闘して道を切り開く『魔法少女まどか☆マギカ』、自分が手を貸して育てられるという育成要素が加わった『艦隊これくしょん』『アイドルマスター』、女性ならば『プリパラ』『アイカツ』『刀剣乱舞』、男女共通で共に戦う『Fate』シリーズであったのだと思います。

『萌え』の構成要素

ざっとまとめましたが、この一連の流れから読み取れる最低限の萌え要素とは何か?

土台要素
  • 見た目(小道具、しぐさなどもここに入る)、性格等の好感度(最重要)
  • 『庇護欲』を刺激される『危うさ』(立場、苦手項目の意外性等も含む)
  • 世界観に対応しているか(良い意味で順応、悪い意味で翻弄)

この三つが基礎土台にあり、更に。

追加要素
  • 『燃え』られる要素(戦闘や装備変更等の数値的なカスタム要素、シチュエーション的な禁断性、服装変更の見た目的なカスタム性等)
  • コンタクト(接触・育成要素)の有無

以上の要素が他要素も併せて想像を促し、個人それぞれの『性癖』を刺激する。

こちらが追加されて基礎が組まれているように思います。
調べてみても実は男女ともこんな感じの要素が組まれており、男女の『萌え』はポイント自体は違う物のあまり変更点はありません。
更に自分が自信を持って『可愛い』と思う『独自性』を追加していき、新たな『萌え』を作成すればかなり共感できる良いものが作れるのではないでしょうか。
ただここから先の『独自性』は一番のキモであり作家性に左右されるのでお伝えすることは出来ませんので、よろしければここまでの流れを踏まえて先にすすんでいただければありがたいとおもいます。
頑張ってください!

結局萌えってなんだろう?

元来『萌え』と呼ばれる言葉は言葉が変更されただけで昔からある『可愛い』『綺麗』『美しい』『官能的』など肯定的な言葉の進化形の一つだと個人的には思います。

例を挙げると、ミロのヴィーナス。
元来古代ギリシャで彫刻されていた神々の像は、見事な肉体を惜しげもなく晒すことで超越性を表現していたと言われています。
神々は恥じらわぬと考えられたのです。
しかしミロのヴィーナスは元々あった腕を復元すると恥じらいを表現しているのではないかという話もあり、一部学者の間では「恥じらいを持つ時点で扇情的な要素が付与されており、神々の像ではなく見て楽しむ娯楽作品である」と論じる方々もいらっしゃいます。

多分これも一種『萌え』なのでしょう。

人間、完璧な物には畏敬の念が浮かびますが一つ危うい要素を与えるだけで途端に別の魅力が見えてくる。
神々のような完璧さを示しつつもアンバランスさが露呈したときに、人間は妄想する余地を与えられ魅力に堕ちていくのかも知れません。
もしかしたら『思わず手を出したくなる』という感情そのものが『萌え』の正体なのではないでしょうか?
だとしたら、上っ面の『萌え』要素だけをなぞっても仕方がない。

キャラクターなら彼・彼女がどうしてそうなったのかという世界観と必然性と、それに対して彼・彼女がどういうアプローチ(反発?順応?苦手意識?心酔?)をしているのか。
その彼・彼女は、どうしても完璧たり得ないコンプレックスを持っているか?
そしてそのコンプレックスは可愛らしい・微笑ましいものなのか?
そこいらはがっちり決めておいた方が後々彼らがそれを克服するか、達観するかなどの話に発展させやすくなりますし、ユーザーも感情移入しやすくなるでしょう。
分析したら自分でも納得できたので、今度は意識して描いてみようと思います。
さあ皆様、一緒に『萌え』とやらを極めてまいりましょうね!!

次回のお話

さて、次回のお話をさせていただきます。
次回は『ネタ』に関するお話です。
皆さん、ネタを仕入れるのに苦労してませんか?
ネタは遊び回って仕入れるもんです!!
いや、遊ぶと言っても夜遊びとかそう言うのではなく(それも大事だけど)知識を仕入れることを遊びと捉えるのも大事なことなんですよ。
そんな感じの話を語っていきたいと思いますので、よろしければどうぞよろしくお願いしますね!
骨董屋佐竹でした。