第7回 世界観とキャラクター設定のヒント

独特の歌詞とハイトーンボイスが特徴的なバンド、クリープハイプ。そのボーカルは「世界観がいいね」という感想を多くもらうことを曖昧な評価と受け止め、そのことに疑問を感じて自らの名前を尾崎世界観に改名したという。
うまく説明出来ないけれど、好き。そんな想いを伝える時にはとても便利な「世界観」という言葉。

つい使いがちなその言葉だが、作品の良さを表現するにはあまりにざっくりとし過ぎている気がする。
今回はそんな「世界観」という言葉を掘り下げつつ、「世界観」とキャラクター設定の関係性についても考えていきたい。

「世界観」の定義

世界観とは元来「世界についての見方・見解」のことだ。
そこから漫画やライトノベルを中心に「フィクションにおける世界設定」という意味に転じた。
わたしたちが作品の「世界観」が好きだと感じた時。それはつまるところ作品が好みの「設定」であったということになる。

しかし「世界観」という言葉には「設定」よりも深みが感じられはしないだろうか。わたしは「世界観」はただの「設定」ではなく、その物語全体に漂っている「雰囲気」を孕んでいる言葉だと思っている。

世界観の作り方

「世界観」とは簡単に言ってしまえば「その物語がどんな世界なのか」ということで、「世界観を作る」とはつまり「物語の背景設定をしっかり作る」ことだ。
この「しっかり」というのが重要で、設定が曖昧だと出来上がる世界観もぐらついてしまい、結果的に物語の邪魔をしてしまうことがある。それでは本末転倒。
折角作った世界観なのだから、うまく作用させて物語に説得力を加えてあげたい。では、何に気を付けて世界観を作っていけば良いのだろうか?

99の真実、1の架空

わたしは創作についてのハウツー本を今まで何冊か読んできた。その中の一冊である「ライトノベルを書きたい人の本」に世界観についての項目があり、こんなことが書かれている。

『小説家は99のリアルな設定のなかに1の架空を混ぜて、架空の設定にまで説得力を与え、物語を盛り上げていくのである』

わたしの創作スタイルに多大な影響を与えたこの一文。すべて真実ばかりを描いていては面白くない。ノンフィクションならそれで良いかもしれないが、わたしが書きたいのは小説、フィクションならでは世界だ。
かと言って、すべてがウソばかりの設定にしてしまっては現実感のない都合の良いだけの物語になってしまう。

「99:1」というのは、たった「1」である架空、つまりウソを的確に利用するためのちょうどよいバランスを示している。つまり、ウソは気付かれないくらいの量で良いのである。
そして、ウソの違和感に気付かれない裏付けをするために「99」の真実を存在させるのだ。物語に説得力を持たせるためには、物語を盛り上げるためのウソをこっそり混ぜておく必要があり、ウソは多くても少なくてもその効果を発揮しない。

そのウソのさじ加減ひとつで物語の印象も違ってくる。自分の作品に合ったさじ加減を見つけること。それこそがより良い世界観作りの秘訣だとわたしは思う。

拙作におけるウソのさじ加減

拙作「フィアンセは猫である」は、このさじ加減がうまくいっていないがために物語として不完全であるように思う。
このお話は、親が勝手に決めた婚約者と主人公の愛猫が合体してしまい、従姉妹、妹、クラスメイトの女の子などを巻き込むひと夏の物語である。いわゆるハーレム系ライトノベルだ。
婚約者と猫が「合体」というよりは、「融合」といった方が適切かもしれない。

婚約者である少女の体は人間のままなのだが、猫の意識が少女の中に入り込んでしまう。少女はふとした言動が猫っぽくなり、落ちた消しゴムに飛びついたり、木の上に登って降りられなくなったりする。言動だけでなく愛猫の記憶も少女に入り込み、それが鍵となり主人公との距離が近づいていく――。

そんな拙作「フィアンセは猫である」においてさじ加減がうまくいっていないとは具体的にどういうことかと言うと、「婚約者が猫と合体する」というウソの割合が大きすぎて、真実とのバランスが崩れているのだ。それは作者であるわたしがウソを支えるだけの真実を用意出来なかった、とも言える。
「婚約者が猫と合体する」という発想だけで勝負してしまい、それを裏付けるだけの説得力が作品にないと今読み返してみると痛感する。
真実の部分(この場合は、合体するという非科学的現象についての納得できるだけの説明)をきちんと設定しなかったために、物語に説得力を持たせることが出来なかったのだ。

世界観とキャラクター設定

同作における世界観に合ったキャラクター設定についても同様のことが言えるだろう。
殆どの登場キャラクターは無理のない設定になっているのだが、ひとりだけ突っ込みどころ満載のキャラクターとなってしまった子がいる。
主人公に恋心を抱く従姉妹の可慧という女の子がいるのだが、彼女は学校にも行かず実験ばかりしている研究オタクという設定になっている。

合体してしまった婚約者と猫を元に戻す役割を彼女に与えたため、そのような立ち位置になったのだ。
しかしそれが災いして、学校に行かない理由や実験費用はどうしているのか、親は何も言わないのか、など疑問符が途切れることのない謎のキャラクターとなってしまった。
ウソにウソを重ねてしまった、典型的なNGパターンだと言えるだろう。
物語においてウソをつく場合には、ウソをウソで塗り固めるのではなく、ウソを真実で包んであげる必要があるのだ。それは世界観を作る場合でも、キャラクター設定をする場合でも同じことが言える。

世界観は計画的に

多すぎるウソを支えきれないこの致命的な設定ミスを抱えたままの執筆は、わたし自身の頭の中にも常に「これでいいのか」という疑問符があったように今は思う。
最後まで書き上げられたことは自信に繋がったが、この「フィアンセは猫である」という物語自身については後悔していることの方が多い。一見魅力的で面白い発想だと思っても、それが現実とかけ離れ過ぎていたり、物語の世界観に適さない場合にはきっぱりと諦める勇気も必要なのかもしれない。

無茶だと思われる設定を身近に感じさせるためには、やはり多くの真実を、説得力を用意しておかなければならないのだということ。そのことを身を持って感じることになった作品だった。そして世界観やキャラクター設定をもっと計画的に、真実味を帯びたものに変更して、いつかまたリベンジしたい作品でもある。
発想自体は気に入っているので、なんとかしてそれを活かした物語に仕上げてみたい。その日までに、研究と実践を重ね、わたし自身の筆力を上げておきたいと思う。こうして反省の弁を述べることで少しでも前に進めていると信じ、これからも精進していく所存だ。

より良い世界観に、より良い人生

では、そのような事態に陥らないためには具体的にどうしていくべきなのかを考えてみよう。賢明な人はもうお気づきかとは思うが、ウソは発想を磨くことで鍛えられ、真実は地道な資料集めがモノを言う。
基本的なことなので「なんだそんなこと」と思うかもしれないが、あえてそれを言葉にしてここに残しておく意味を考えていただきたい。当たり前のことほど、当たり前すぎてつい忘れてしまったりするものだ。
もしあなたがわたしと同じような悩みを抱えており、でも日常をなんとなく過ごしているのであれば、明日から、いや今から意識を変える努力をしてみてはいかがだろうか。
思い付いた発想をこまめにメモにとるだとか、使えそうな情報をストックしておくノートを作るだとか、出来ることはたくさんある。

物語の世界観とは一朝一夕で簡単に作れるものではなく、常日頃のあなたの思想や行動が蓄積されたもの、その結晶なのだ。
ありたっけの自分を込めて、読者を納得させるだけの物語を目指すため、日々を有意義に過ごしていけたら。創作はただの趣味ではなく、あなたの毎日を変える力を持った素敵な魔法となり、人生を輝かせてくれることだろう。