作ったキャラ、何人くらいいる?

居酒屋トークは続く

作品をいくつも書いていると、登場キャラクターの数は相当なものになります。皆さんも幾つものキャラクターを書いてきたと思いますが、「作ったキャラ、何人くらいいる?」と言われたとき、どう答えますか?
面白いことに、聞かれた僕も訪ねた相手も「五人? いや、もうちょいかな……」なんて答え方をするんです。作品に登場したキャラクターの数は、その何倍もいます。ですが、お互いに答えたのはそのくらいの人数なんです。
これ、気付き合ったときは面白いな~って思いました。

プロダクションAGJスタジオ

AGJスタジオは僕の屋号なのですが、この屋号には、何人かのキャラクターが集っています。先述の『作ったキャラクター』たちなのですが、それが――五人いたとしましょう。その五人は、それぞれキャラクターは立っていますが、役者さんなのです。
役者さんは、渡された脚本によって、さまざまな役をこなします。Aという作品では勇敢な騎士を、Bという作品では名探偵を、Cという作品では陰険な敵役を。
会話の中で出てきた「作ったキャラ何人?」とは、作品の中に出てくるキャラクターを演じる『役者を何人作ったか』という意味合いなのです。
その役者たちは、どんな反応をするキャラなのかという性格付けこそ筋金入りなので、脚本もそれに沿って書いて渡します。
一人で何役もこなすときもあれば、三人足して二で割ったりすることもあります。そして出来てきた役者に、脚本を渡す感じです。
自作を作る上で根幹となるキャラを演じる『役者≒持ち味』を幾つ用意しているか、ということが、冒頭の質問の意味となります。

組み合わせのテンプレートを作る

この役者たちは、性格もが意見も自由自在に取り外して、組み替え合わせたり、他から借りてきて継ぎ合わせたりもできます。年齢も自由自在、性別すら脚本次第。体型などももちろん、声だって変わります。
そんな役者が、五人。
指折り数えて、書き出して、ウンウン唸りながら抜き出して、この数になりました。たぶん余ったパーツもあるのでプラスアルファと言ったところですが、僕の持ちキャラは『五人ちょい』といった塩梅になります。
テンプレートというとステレオタイプな典型的なパターンではないかと思いがちですが、自分フィルターを通すこと、中心真処にどっしりと根付かせる過程で、その役者たちは術理の基本となって据わるわけです。その術理たる役者たちが、脚本という状況にどう発露するのか――そこがポイントになるわけです。

いっかい自分のキャラたちを並べてみる

単語帳かなにかにキャラクターの名前を書いて、一枚一枚を、大きな土台となる紙の上に置いていくんです。こいつとこいつは近いな、とか。こいつはこんなタイプだ、とか。
完全に自分の作品のキャラをニヤニヤしながら並べていくのが楽しいだけになりますが、「ああ、こいつはこいつとこいつ足したようなやつだ」とか、「こいつの中身は、別作品のこいつの弱さだな」とか、見えなかったものが見たいように見えてくるのでオススメです。
そのなかで自分の中心に『持ちキャラ』がどっしりと腰を下ろしていくわけです。術理の中心ですね。
ともあれ、考える段階で入れ替わったり数が増えたり融合したりと先は長いのですが、そうしていく内に『持ちキャラ』という言葉の意味が、人数以上に大きくなっていくことに気が付くはずです。

新しく一人分のパーツを考える必要はない

組み上げるときは人間一人分のパーツを組み替えて、ポンと脚本を手渡す感じになるのですが、さらに脚本を考えるにあたり(=キャラから話を練り、話からキャラを練るという、例の流れ)、新しいパーツを生み出すことがあるわけです。
この単品のパーツはひじょうに大切で、パーツとしてキャラ特性を考えられることは、けっこう大事なことだと思うからです。
なぜなら、キャラは一人分のパーツが依存し合った不可分なものではないからです。ひとりのキャラとして見せる段階までに、色々な役者から組み上げていくものだからです。
なので、何もない状態から新鮮なキャラクターを作るときに、新しくひとり組み上げる必要はなく、今まで培ってきたキャラクターの中から組み上げていく方法を採れるかどうか。ここで選択肢がひとつ増えるわけです。安直なキャラになってしまうかどうかは担い手の力量になりますが、少なくとも『書き慣れた』活きたキャラとして動かしやすいものであると思います。

意外と面白いキャラ要素の分割

自作キャラの要素を書き出して分割して、他のキャラの要素と組み替えると、「あ、これあの作品のあのキャラか~」ってなることもあったりして、気付くことの多さに笑えます。いやほんとおすすめ。
同じように、他人の作品の強烈なキャラの要素と交換し合うのも、道を拓く一手になるかと思います。
この組み替え遊びだけでも、かるく一日語り合えるくらい面白いので、ぜひ創作仲間と遊んでみるのをオススメいたします!

根幹にある術理からの、状況による発動

剣術と絡めて物を考えがちな自分が陥った病なのですが、作品を作る上でのスタイルも、この『術理ありきで、状況で技が発露するように書く』と言ったほうがしっくりするスタイルになってきています。
技術は磨けますが、術から技を引き出す術は磨く前に積み重ねないと、そもそも磨くものが出来上がらないのがつらいところです。
完成作品をいくつも考えながら書いて、大切な作品の血肉を自分の骨髄に染みこませないと行けないわけです。
そうして練り上げられた真処は、ひじょうに強靱なものになっていくのでしょう。先は長いです。

いや~、小説書くの面倒くさ――いや、なんでもないっす。